そこが知りたい! 小泉政権を取り巻く政界の動き・・・
政界同時進行小説
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■自民党総裁選の行方
平成十五年九月二十日におこなわれる自民党総裁選をめぐり、藤井孝男、笹川堯、熊代昭彦の三人が出馬に意欲を見せている最大派閥・橋本派の対応が焦点となっている。
小泉首相を支える山崎派幹部の甘利明党筆頭副幹事長は、このような動きになることはある程度予測していた。なぜなら、反小泉の急先鋒である橋本派幹部の野中広務は、立候補しやすい環境をつくり、できるだけ多くの候補者を立たせ、一回目の投票で小泉首相の過半数を阻止し、決選投票に持ち込むという戦略を描いている。
橋本派を一本にまとめるのは大変な労力を要するうえ、一歩まちがえれば改革小泉対抵抗勢力という図式になる。その図式を崩すためには、多くの候補者が出たほうがいい。ただし、三人のなかで二十人の推薦人が集まるのは、藤井くらいしかいないのではないかと甘利は思う。
八月二十日、藤井は橋本派幹部の会合で立候補を目指す考えを改めて表明した。が、総裁選告示日の九月八日までに、どのような展開になるかわからない。藤井は、将来の橋本派を担うプリンスの一人だ。そう無様な形にはできないという思いも派内に働くだろう。仮にまったく戦いにならないようであれば、名誉の撤退をさせるという選択肢もある。
小泉サイドは、比較論でいえば亀井よりも藤井のほうが戦いにくい。マスコミに登場する機会の多い亀井には、すでに一つのイメージが出来あがっている。が、藤井はまだ未知数だ。年齢も、亀井より一世代若い。
党内には、派閥を越えて藤井を慕う議員も多い。甘利も、藤井とは懇意にしており、親友に近い存在だ。二人は、旧加藤派の谷垣禎一、森派の町村信孝、橋本派の上杉光弘、高村派の高村正彦の六人で構成する「六人会」のメンバーでもある。だが、党内のまとめ役、たとえば幹事長的な立場を経験してから堂々と総裁選に名乗りをあげたほうがいいと甘利は思う。この時点でいきなり総理総裁を目指すには、まだ経験が少ないのではないだろうか。
橋本派も、総裁選に対応をめぐっては一枚岩ではない。参議院橋本派だけでなく、参議院自民党全体を取りまとめる存在の青木幹雄は、小泉再選に前向きな姿勢をしめしている。
青木は「自分の領分は、参議院だ。よその(衆議院)領分まで出ばってお節介をするつもりはない」というスタンスを一貫して貫いている。が、参議院全体をまとめているだけに衆議院に対する影響力は大きい。
橋本派の衆議院議員が一人の候補者に絞る方向でまとまらない根底には、青木が難色をしめしているという要素が非常に大きく関わっている。
橋本派の若手議員のなかには「橋本派を草刈り場にしてはいけない」と口にするものもいる。が、これは少しおかしな発想だと甘利は思う。それなら、総裁選のたびに各派は総裁候補を立てなければいけなくなる。
党首選挙は、基本的に派閥の意思だけで決めるものではない。自民党の衆参国会議員一人ひとりが、だれが総裁にふさわしいかを考えて投票するべきものだ。派閥防衛のためかならずまとまらなければいけないとなると思考停止状態を起こしてしまう。
甘利は、自民党の将来を考えると心配でならない。
<長老議員がアンシャンレジューム(旧体制)の発想でいうならともかく、若手からそういう発言が出るのは残念だ。若手こそ超派閥で行動すべきものなのに……>
いっぽう、小泉首相の後見人である森喜朗前首相は、小泉再選後は山崎拓幹事長の交代も念頭に置いた内閣・党人事で人心一新をはかるべきだと主張している。 甘利は、首をひねる。
<森さんは、事ことにいたってもまだ事態を理解していないのか、それとも、理解したうえで、橋本派への配慮のメッセージとしてあえて口にする高等戦術なのか>
小泉首相が、山崎幹事長を交代させることだけは絶対にありえない。それでは、小泉純一郎が小泉純一郎でなくなってしまう。
小泉首相にとって総理総裁は、自分の思いを実現するための手段にすぎない。そのポジションを死守するために自分の信念なり、理念なり、価値観を放棄する人ではない。自分の思いを実現していくための手足となる幹事長は、山崎拓しかいない。
何かと批判の多い竹中平蔵経済財政・金融担当相も、金融担当相は外れても、更迭はないと甘利は見る。経済財政担当相は、小泉改革プランの具体的設計者だ。竹中は、小泉首相の方針や意向を汲み、設計図を書き、この六月に「骨太方針 第三弾」を発表した。その竹中を小泉首相が更迭することは考えにくい。竹中と同じように小泉首相の方針を理解し、設計図が書けるひとは、ほかにはなかなか見当たらないのではないか。
甘利は思う。
<小泉再選後の内閣・党人事のなかで、もっとも動かないのは、まず山崎幹事長、次に竹中さんだろう。青木さんも、人心一新といっても、山崎さん、竹中さんの交替はふくめていないのではないか>
いずれにしても、非主流派は統一候補を立てず、複数の候補を立たせ、一回目の投票で小泉首相に過半数を取らせないような戦略でくるだろう。一本化すれば、「われわれは抵抗勢力です」という看板をわざわざ立てるようなものだ。 決選投票となった場合の統一候補には、高村正彦の名前が上がっている。が、高村は待ちの政治家であり、他力本願だ。自分から仕掛けることはない。ただし、野中が高村一本化の土俵を作りきれば話は別だ、と甘利は見る。
堀内光雄は、党三役の総務会長として小泉総裁を支える立場だ。小泉首相の政策が本当にまちがっていると思えば、三役の辞表を出さなければおかしい。
河野洋平の名前も上がっている。が、すでに総裁を経験し、舞台を終えて終演のあいさつをしている。総裁経験者であり、小派閥の領袖だけに派閥を越えて声をかけやすいという環境にあるが、小泉首相に対抗できる存在かといえば、そこは疑問だ。
今回の総裁選は、国会議員票三百五十七票と都道府県ごとに割り振られる党員票三百票の計六百五十七票で争われる。総裁公選規程の改正により、党員投票で一位の候補が各都道府県の持ち票すべてを獲得する「勝者総取り方式」から得票数に応じて持ち票を分ける「比例配分方式」に変更された。比例配分方式は、対抗馬に大差をつけにくい。
小泉首相が再選を果たすには、このルール変更による不利と党内基盤の弱さを克服しなければならない。党員の多くは、国会議員それぞれが獲得した支持者だ。ゆえに、自分が支持する国会議員を心情やメンタリティーに共鳴するひとが比較的多い。そこは、党員と国民との間の温度差がある。
立候補者の数にもよるが、それでも、なんとか小泉首相は地方票で過半数を取るのではないかと甘利は思う。
問題は、国会議員票だ。党内には、純粋に小泉首相を支えているグループの数が圧倒的に少ない。が、非主流派の議員も、小泉以外の顔で総選挙や参院選を戦うことに危機感を持っている。現実的危機感を持たず、感情だけで投票行動に入ると、小泉首相の再選は厳しくなる。そこは、良識的な選択をするはずだと甘利は信じている。
仮に小泉首相が総裁選で負ければ、思い切って解散・総選挙に打って出るのではないかという見方もある。小泉首相も、その可能性を明確に否定していない。 甘利も、その可能性はゼロではないと思っている。
<小泉さんに対する国民の支持率と、党内で出た結果の乖離が大きければ大きいほど、その可能性は高くなる>
自民党が国民が圧倒的に支持している人物を党首に選ばなければ、「国民政党といいながら、じつは国民乖離政党ではないか」ということになる。
もちろん、国民の支持率と党内支持率はかならずしも一致しなければいけないということではない。
たとえば、絶頂期にあった田中眞紀子が総裁選に出たとする。しかし、他の候補に負けた。国民的人気があるのにおかしい、という論理はある。
だが、総裁選は、ただ人気者を出せばいいというわけではない。政治遂行能力、外交能力、アピール能力などをふくめて一定の基準値を越えている議員に、その資格がある。そのために二十人の推薦人を得ることが義務づけられている。
田中眞紀子は、確かにアピール能力は百点を越える。が、それ以外の能力は、ほとんど党内で評価されていない。国民には、そこは見えない。いいところしか見えないから、支持率が高いということもある。
それに、小泉首相には「自分の思い描いている理想を一挙に実現してしまいたい。その結果、政界再編が起きようとも、それは拒むものではない」という思いが心のどこかにあるのではないかと甘利は思う。
小泉首相には、どの派閥を取り込めば自分に有利になる……という発想はない。そもそも、小泉首相は派閥政治の打破を掲げて総裁となった。ゆえに、個人として派閥を乗り越えて自分に賛同してほしい、と呼びかけている。それができないのなら政界再編という流れになってもやむをえない、それも時代の要請ならば仕方がないという思いが心のどこかにあるのではないか。従来の自民党的アンシャンレジューム体制にとらわれていない。
小泉首相が再選した場合、総選挙は、九五%の確率で十一月九日だと甘利は読む。 ただし、九月末に誕生する予定の新民主党の勢いを考慮する必要もある。 甘利は、新民主党は三年以内にまちがいなく分裂すると思う。なぜなら、小沢一郎の基本理念、哲学を民主党内の旧社会党系議員が受け入れるとはとうてい思えない。
小沢は、完全自由主義者であり、市場原理至上主義者だ。小沢の著書のイントロダクションの部分に「グランドキャニオンの何千メートルという絶壁に防護柵も何もない。柵すらも立ってない。つまり、これこそが自己責任の世界である」とある。それが、小沢の哲学の一丁目一番地だ。それを大きな政府論の旧社会党系議員が賛同するわけがない。
甘利は、憤りをおぼえる。
<この国民を欺く合併は、犯罪ともいえるのではないか>
かれらは、矛盾をすべて塗りつぶし、国民に見えないようにして合併効果をはかろうという戦略だ。それなら、急いで選挙をするよりも、本性を現すまで待ったほうがいい。
甘利は思う。
<新民主党の支持率が、ご祝儀相場がどうなってくるか。仮にものすごい勢いで上がるようであれば、戦略、戦術上、総選挙の時期を考慮する必要もあるだろう>
■ 大下英治著 (一部をForbs誌に掲載)
□ ホームページへの掲載にあたり、大下英治氏より許可をいただいております。
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