そこが知りたい! 小泉政権を取り巻く政界の動き・・・
政界同時進行小説

永田町の裏も表も知り尽くした

異才作家 『大下英治』 が書き下ろす迫真の政治ドラマ

■小泉改革と経済再生

平成十五年一月二十八日昼、自民党の野中広務元幹事長が呼びかけ、古賀誠前幹事長が座長をつとめる社会保障勉強会、いわゆる野中勉強会の初会合が開かれた。野中、古賀のほか公明党の草川昭三参議院会長、保守新党の二階俊博幹事長らが出席した。

自民党には、丹羽雄哉、津島雄二ら厚生大臣経験者ら十人前後による厚生族の最高幹部会議「○○委員会」というものがある。この○○委員会のメンバーが、厚生行政の方針や政策を決めるといわれている。

だが、社会保障制度についてかねてから持論を展開している野中も、古賀も、そのメンバーではない。

漏れ伝わってくるところによると、厚生族の最高幹部らは、

「古賀さんは、建設族じゃないのか。厚生行政の専門家は、われわれだ。門外漢に出来るものなら、おやりになればいい。お手並み拝見だ」

と、この動きに冷やかな視線を送っている節があるという。

野中らは、小泉首相の政治手法に不満を持つといわれている。勉強会というよりも、小泉首相に政策転換を突きつける政局絡みとも見られている。

自民党山崎派幹部で、党筆頭副幹事長の甘利明は、この動きを傍観している。

しばらく経過を見ないと、どうなるかわからない

ただし、それほど心配もしていない。

昨年の平成十四年十一月二十九日、小泉首相に批判的な江藤・亀井派の亀井静香会長代行が中心となり「日本再生改革議員会議」の決起集会が憲政記念館で開かれた。

自民党の地方議員や首長など約六百人、江藤・亀井派、橋本派、堀内派、河野グループなど四十人ほどの国会議員が参加した。

会場には「政策転換か、総辞職か」との過激な横断幕が掲げられ、小泉首相に政策転換を迫り、受け入れられなければ内閣総辞職を求める決議を採択した。

「さあ、倒閣運動か!」

と騒がれたが、ものの三日ほどで沈静化した例もある。

そのときの動きほど過激でもないし、逆に軟弱でもないが、それほど大きな火種にはならないと甘利は思う。

政策で政局になるかといえば、厚生族から冷やかな視線を送られているというし、火種が大きくなる前に、店終いしてしまうのではないか

野中は、社会保障制度の行く末を心配して提言したいという思いが半分、残りの半分は自分を慕う古賀の将来を思っての動きではないか、と甘利は推測する。

平成十二年六月の第二次森喜朗内閣の発足と同時に幹事長に就任した野中は、その年の十二月の内閣改造・党人事を機に幹事長職を古賀に譲った。が、森内閣は五ヵ月後の平成十三年四月に総辞職し、さしたる実績を残せぬまま古賀は幹事長を退任した。

野中とすれば、中途半端なかたちで幹事長を退いた古賀に再デビューするきっかけをつくりたい、仕切りなおしさせてやりたい、という親心があるのではないか。その思いが勉強会発足につながったのかもしれない。

ただし、厚生族の最高幹部会議を味方に引き入れなければ実績を上げるのはなかなかむずかしいのではないか。

甘利は、野中勉強会に参加した公明党の草川昭三とは親しい。草川は、全体をよく見極めることができる。冷静に判断し、行動する政治家だ。いたずらに政局を引き起こすことに加担するような人物ではない。

保守新党の二階俊博は、権力構造の変化や推移を見極める独特の嗅覚を持っている。自分たちが最大限の発言力を持ち、最大限の存在力をしめすためには、いまどのようなポジショニングを取ることが大事か、熟知している。いうならば、隙間産業の社長だ。

隙間産業の社長は、各業界のどの会社が一番商売上手かを見極めて接触する。が、その会社にべったりだとなめられてしまうので微妙に距離を取る。主役を外れたとはいえライバル会社の社長との懇親会にも参加する。そのうえで自分たちの将来のためには、どの会社と組めばいいのかを決めていく。

そんな隙間産業の社長である二階が、政権与党の枠組みを揺るがすような行動を取るとは考えにくい。わざわざ身を滅ぼすようなことはしない。

それゆえ、甘利は、草川と二階が野中勉強会に参加しても、政局にはいたらないのではないかと思う。

社会保障問題を突き詰めていくと、当然のことながら、財源問題、さらには、消費税の引き上げ問題にもかかわってくる。

だが、小泉首相は「自分の任期中は消費税率を上げない」と言明している。

つまり、片方で社会保障制度の抜本改革を訴えながら、片方で、その方途を縛っているのだ。ただし、小泉首相の言い方には微妙な幅がある。自分の任期が終わり、次の内閣が発足したとたん、消費税率を引き上げるための法案を出すことも可能だ。

甘利は、いわゆる抵抗勢力も、消費税率引き上げ問題を利用して倒閣に動くような矮小的な議論はしないと思う。

消費税率の引き上げ問題は、国民受けしない。そのことを承知しながら、しかし、国家百年の大計というよりも、国家十年の計、十五年の計として必要なことだ。抵抗勢力のなかには、小泉首相に対して「ポピュリズムで乗り切ろうとしてはいけない」と警鐘を鳴らす意味で主張している議員もいる。

そもそも消費税は、平成元年四月に導入された。その当時、国民は、自民党が懸命に消費税の必要性を訴えても、聞く耳を持たないという感じであった。その結果、七月の参院選で自民党は惨敗した。

だが、しだいに消費税が定着してくると「国のためには、これで良かったのかもしれない。が、簡単に引き上げは認めない」という姿勢に変わってきた。

それが、昨今では「何のために消費税を使うのか。それをきちんとしめし、納得できれば引き上げてもいい」という。条件付きの引き上げ賛成という人は過半数を越えた。

これは、著しい変化だ。

旧来の税体系は、働く者がリタイヤ組を支えるという発想であった。それゆえ、働く者が少なくなり、リタイヤ組が増えれば機能しなくなるのは当然だ。そこで、日本人すべてが日本を支えるという発想の消費税が導入された。国民は、その構造変化を理解し、それに沿った改革が必要だと認めている。が、「為政者の逃げ込み口にしてはいけない。きちんと検証する」という意識がある。

税金は強制力だ。税金を払わなければ逮捕され、牢屋行きとなる。それだけに、負担を引き上げるときには、できるだけ丁寧に理解をしてもらう作業が必要だ。

甘利はおもう。

かつてはタブーであった費税論議の引き上げも、今日は正面きって堂々と議論できる環境となった。その必要性を十分に議論し、国民が吟味できるのだから、野中勉強会も、非常にいいことではないか

平成十五年一月五日、自民党の山崎拓幹事長は、NHKの討論番組で、デフレ対策の一環として物価上昇率に目標を定めるインターネット(目標)について、小泉首相も導入の方向で検討していることを示唆した。

「わたしは、やったほうがいいと思う」

しかし、与党内では慎重論が広がり、導入論はひとまず沈静化している。

甘利が属する山崎派も、インフレターゲット賛成派の学識経験者と反対派の学識経験者の双方を講師として招き、勉強会をおこなった。そうしたところ、両者とも納得できる内容であった。

おなじシンクタンクで働いている研究員ですら、両論がある。朝から晩まで勉強している研究員の論が分かれるということは、それだけ難しい話だと甘利は思う。

従来、インフレターゲットとは、ハイパーインフレを押さえ込む際の手法である。デフレを脱却する際の手法として使った例はない。それだけに未知数だ。

甘利は、大混乱に陥る可能性が高ければやるべきではないと思う。が、そのような危険は少ないか、あるいは、効果が少し出るという程度ならやってみるべきだと思う。

ただし、インフレターゲット論の多くは精神論の部分もあると甘利は解釈している。つまり、政府・日銀をあげてデフレ退治にあらゆる手段をこうじる決意をしたという意味合いもあるのではないか。デフレ脱却のためにはあらゆる方策をすべて検討する。そう毅然たる姿勢をしめしたという意味でとらえるべきではないかと甘利は思う。

小泉首相も、観測気球をあげ、世論の反応を見ているようだ。小泉首相は、金融政策のプロではない。非難轟々を浴びても、やるだけの価値があるのかどうか、判断しかねているのではないか。仮に価値があると判断したら、小泉首相の性格からして、かならず導入するはずである。

平成十五年一月二十三日、小泉首相は、衆議院予算委員会で、民主党の菅直人代表から公約違反を追及され、気色ばんだ。

「この程度の約束を守れなくても、大したことじゃない」

甘利は、小泉首相はやや説明が足りないと思う。

たとえば、国債発行額三十兆円枠の突破について、小泉首相はこう答弁した。

「そういう民主党は、いったいどっちの主張が本音なんだ。三十兆円枠を越えそうだというときは『法律で縛れ』といいながら、景気がひどくなったら『なぜ、固執するのか。思い切って踏み出せ』という。踏み出したところ、今度は『なぜ約束を守らないのか』と批判する。まったく一貫性がない。あなたがたは、どう考えるのか」

その説明として言葉足らずなのは、三十兆円枠はあくまでも手段であり、それ自身が目的ではない、ということだ。

これまでの政治は、景気が悪くなると財政赤字が累増することに何の躊躇もなく、野放図に財政出動し、ボンボンと打ち出の小槌のように振ってきた。その結果、今日の財政赤字と構造不況を招いた。

たとえば、糖尿病患者はすぐに甘いものに手を出したがる。そこで「甘いもの厳禁」という札を貼り、その札をいつも見ながら節制する。それとおなじだ。

小泉首相にとって三十兆円枠は、景気回復をはかるという毅然たる決意のなかでも、財政の健全性を視野におくという自らへの警鐘である。

小泉首相が明言した「八月十五日の靖国神社参拝」も、自分に対する戒めだ。ともすれば、今日の日本の繁栄は自然に天から降って沸いたものだと思われがちだ。が、実際にはそのためにはいかに多くの犠牲が払われてきたか。

小泉首相にとって靖国神社参拝は、

「このような愚かな行為は、もう二度としない。あなたたちの命は、無駄にしない」

という誓いである。そのような思いで「八月十五日に参拝する」といったのであり、八月十五日に行くこと自体が目的ではない。

民主党の菅代表の質問は、手段を目的化している。そのような質問は、国を誤らせることになると甘利は思う。

菅さんの質問は、攻めるテクニックとしてはいいのかもしれないが、王道をいく政治家の質問ではない

ただし、甘利は、ここのところ小泉首相の答弁は、やや投げやりで雑になっていると危惧している。小泉首相は、ワンフレーズポリテックスとの批判もあるが、その過激なフレーズで国民の支持を得てきた。その意味では「大したことじゃない」という発言で支持が落ちることもあり得る。これからは本質論を手際よく説明する必要がある。

甘利は、山崎幹事長に進言している。

「総理にいってください。ちょっと答弁が雑になってますよ」

「そうかな、じゃ、おれ一応小泉にいっておくわ」

それ以降、小泉首相の答弁は丁寧になってきた。小泉首相自身、「教科書答弁(のように丁寧)だ」と冗談めかしていっている。

小泉首相が政権を取ったとき「改革の成果が表れるには三年間必要だ」と口にした。

甘利が地元の選挙区を歩くと、よく声をかけられる。

「甘利さん、いったいいつまで待てばいいの」

一般の主婦らサラリーマンから、そのような声が出るのは当然だ。が、企業経営者からその種の他力本願的発言が出るのは深刻な問題だ。

これまでの不況は、待っていれば脱却できた。なぜなら、景気循環による不景気だったからである。

たとえば、景気が回復する春がやってくると、次に夏になって競争が加熱し、それがすぎると商品があふれてダンピング競争になる。在庫がだぶつき、景気に秋が訪れる。低価格合戦で利益が上がらない、給料は思うように伸びない、購買力に翳りが出てくる冬がやってくる。本格的な冬を越えると在庫調整も進み、商品の需給関係が調整され、価格も持ち直してくる。利益が上がり、給与も上がり、購買力も上がり、春となる。これが、景気の循環だ。

これまでの景気対策は、真冬を通らずに晩秋から初春にショートカットさせるよう公共事業で需要をつくりだし、支えてきた。

ところが、この十年の不況はショートカットが効かない。晩秋から初春に向けて下支えをするが、それが過ぎたら春につながることなく、冬にもどってしまう。なぜなら、日本の競争力が落ちたための不景気だからである。

なぜ、競争力が落ちたのか。周辺国が日本に並ぶ技術力をつけてくると同時に日本の横並び・年功序列型の高賃金体制が高コスト構造の一因となり、競争力を減殺した。なにしろ、ここのところ競争力をつけてきた中国と日本の賃金格差は約三十倍である。

だからといって、賃金を下げることにより高コスト構造の是正をはかり、競争力をつけようとする選択は本末転倒だ。たとえ高コストであっても、勝ち抜ける産業構造をつくりあげることこそ、日本が目指すべき方向だと甘利は思う。

そこで、甘利は「知的財産立国論」を提唱している。競争力の強化のためには、高コスト構造の是正、生産性の向上、そして「他の追随を許さず、真似ができない。真似をしようとすればロイヤリティーを支払わねばならない独創的英知」、つまり「知的財産権」で武装した経済社会を目指すしかない。

高コスト構造の是正には、規制改革や産業の効率化、生産性向上には、技術開発と新しいビジネスモデル、そして企業戦略としての選択と集中で取り組む。こうしたベースの上に、権利保護された独創的英知を商品化・製品化していくことによって、はじめて日本に競争力が出てくる。

従来型の企業も、ITのハードとソフトを導入して経営革新をはかる、あるいは、新しいビジネスモデルをつくれば生き返る。

たとえば、ある部品のネジをつくっている会社がある。昔も、今も、つくっているネジはまったく同じだ。が、ITのハード、ソフトを導入してビジネスモデルを変えた。これまではロットで百個単位、一千個単位でなければ売らなかった。が、インターネットで全国にネットを張り、配送業者と新しい受注配送システムを組み、たとえ一個からでも売るようにした。そのかわり、一個の単価はロットで売るよりも三倍も四倍も高い。それでもニーズはある。

経営者は、主婦やサラリーマンのように「いつまで待てばいいのか」などといってはいけない。政府の産業政策も変わりつつある今日、「自分たちは、どう変わったのか」ということが問われている。いつまでも、待てば回路の日和あり、ではいけない。

小泉政権は、成果をあげていくことはもちろんだが、その説明をきちんとすることもまた重要である。

小泉政権は、来年の四月に発足から丸三年を迎える。その間、国民が事態を理解をして待ってくれるのか、それとも、野党の「政府は何もしてくれない」という宣伝攻勢が勝るのか、その鬩ぎ合いとなる。

そこで、問題になるのは支持率だ。甘利は、支持率が四割を切ったときは危険ゾーンに入ると思う。小泉首相には、延命のための解散を打つという発想はない。改革を進めようにも、にっちもさっちもいかなくなったときに解散を打つだろう。

反対勢力は、小泉政権の支持率が高いうちは、国民の後ろ楯があり、迂闊に手を出すことはできない。

しかし、支持率が下がれば「国民は小泉改革を支持していない。クビを取り替えなくともいいのか」と問題提起をする。

その分岐点が、四割だと甘利は思う。

小泉首相は、党内基盤が弱い。後ろ楯である国民の支持率が四割を切れば、反対勢力は仕掛けてくるのではないか。そうなれば、改革は進まない。そのとき、小泉首相は、解散に打って出るだろう。

仮に通常国会閉会後の六月に総選挙をおこない、自民党が勝ったとする。小泉首相が九月の総裁選に「おれは総選挙で勝った」と意気揚々と臨んでも、反対勢力から「三ヵ月前のことだから」といわれかねない。

それならば、総裁選の直前に総選挙を打ったほうがいい。そこで勝利すれば、さしもの反対勢力も、さすがに引きずり降ろすわけにはいかないだろう。

平成十四年四月、加藤紘一は議員を辞職した。なぜ、加藤が潰れてしまったのか。

世間も、永田町も、加藤を最有力候補として見ていた。加藤自身も、自分が最有力候補だと思い込んでいた。そこに一番の問題があったのではないか、と甘利は思う。

多くの政治家は、たとえ世間や永田町からそう見られていなくとも「国会議員になったからには、総理になりたい」と願う。それゆえ、どんなに細いクモの糸でも見逃さずに掴もうとする。

しかし、加藤は「自分は近い将来絶対に総理になれる。それなら、自分の美学を通して総理になろう」と考え、美学に合わないクモの糸ははねのけ、見栄えのいい太い糸を選ぼうとした。

橋本龍太郎総裁時代、加藤と幹事長、幹事長代理としてコンビを組み、「魂の触れ合う仲」と公言した野中広務や加藤の側近であった古賀誠らは、加藤が総理になるための線路を敷き、

「多少、あなたの美学からすれば外れるかもしれないが、この線路に乗れ」

と勧めた。

ところが、加藤は、

「いや、プロセスが大事だ」

と拒否した。

「しかし、美学を通してもなれなかったらどうするのか。総理になるプロセスは、多少見栄えが悪くても、総理になれば美学を通すことができる。まず、総理になることが大事なのだ」

と説得しても、当然、総理になれると思い込んでいた加藤は、そのプロセスを重要視して拒んだ。そして、結果的に総理の座を棒に振ることになる。

総理になれるかどうか確信を持てない政治家には、そのような余裕はない。たとえ足の裏を舐めろといわれたら、屈辱を甘んじてでも舐めるだろう。

YKKの政策能力を比べた場合、加藤の政策能力はぴか一であった。山崎も、三期連続して政調会長をつとめたことで政策能力を磨いた。が、加藤は、はじめからそんな山崎と同等の政策能力をもっていた。

ただし、統率力という面では、山崎に軍配が上がる。山崎は、旧中曽根派を割って出たオーナー経営者である。それだけに、自分についてきた議員を大事にする。

たとえば、甘利が主催する親睦会に講師として出席する。その際、名刺交換をした甘利の後援者に直筆で礼状を書く。

「甘利君は、わが派のなかでも非常に有望な人間ですから、ぜひ育ててやってほしい」

だが、そのことを甘利らにはいっさいいわない。手紙をもらったひとが、後で甘利に報告する。

「山崎先生から、手紙をもらいましたよ」

甘利らは、そのような気配りがうれしかった。これまで以上に山崎を慕い、山崎派の結束力は強まっていく。

しかし、宏池会を引き継き、いわばサラリーマン社長である加藤に、そのような気配りがあったかどうか。社員である以上、当然社長についてくるものだという意識でいたのではないか。

いっぽう、加藤、山崎と比べて小泉はまったく別の種族に甘利は思える。「おれは、勝手に行く。好きな人だけついてこい」という感じである。  その小泉が、なぜ総理になれたのか。

小泉が、既存の価値判断で計りきれない人物だからだと甘利は思う。普通の物差しではまったく計れない。

かつて経世会会長として永田町を牛耳った金丸信は、羽田孜、小沢一郎、梶山静六をこう評した。

「平時の羽田、乱世の小沢、大乱世の梶山」

その意味では、小泉は、大乱世の梶山的な存在かもしれない。

甘利は、平時に小泉が総理になるだろうと思ったことは一度もなかった。

小泉が総理になった状況は、金脈問題でつまずいた田中角栄元首相が退陣し、政治倫理の嵐が吹き荒れたなかで椎名裁定で総理になった弱小派閥の三木武夫のときと似ている。

小泉には、失うものはないという強みがある。いつやめてもいい、という思いでいるのではないかと甘利は思う。


■ 大下英治著 (一部をForbs誌に掲載)
□ ホームページへの掲載にあたり、大下英治氏より許可をいただいております。

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